大判例

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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)437号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 川井重夫 外一一名

被控訴人 大塚武三郎 補助参加人 大塚薬品株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

当審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。訴外大塚薬品株式会社が昭和三五年八月二五日に原判決末尾添附別紙一の債権目録記載の債権を被控訴人に譲渡した行為は、同添附別紙二の国税債権目録記載の金額を限度として、これを取消す。被控訴人は控訴人に対して、支払済に至る日現在の右別紙二に記載する国税債権相当額の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも全部被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方(補助参加人を含む)の事実に関する主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、

一、本件のような代物弁済にあっては、本旨弁済の場合と異なり、本来債務者の義務に属しない行為をするのであるから、それが詐害行為となるためには、相手方との通謀加害の意思を必要とせず、一般財産の減少により他の債権者を害することの認識、本件についていえば租税債務の発生を知つていたことで足る。

そうして本件訴外会社の詐害の意思は、その経営に当り且つ業務を担当していた同会社取締役松田実の意思により決すべきところ(公認会計士高石二郎の役割は、松田の意思に関する事情として述べたに止まる)、訴外会社においては毎月試算表を作成し、松田はこれに眼を通していた上、仕入値引、歩戻しも、松田と被控訴人の経営する大塚製薬工場の大阪支店長益井喜作との間で主として交渉されていたのであるから、松田は、この仕入値引、歩戻しにより本件第一〇期事業年度の決算が黒字となることを十分認識していたのであり、従つて同人に詐害の意思のあつたことは明らかである。

二、訴外会社は前記大塚製薬工場の製品の販売会社であり、その株主、役員の構成からみて、被控訴人の完全な支配下に在り、法律上は別人格であるけれども、実質的には一体的な関係に在り、訴外会社に前記のとおり詐害の意思がある以上は、被控訴人にも当然悪意を認めらるべきものである。

そうして大塚製薬工場においては、被控訴人自身は既に第一線を退き、その長男大塚正士が最高責任者の地位に在り、また益井喜作が大阪支店長として直接訴外会社の経営に対する支配、監督に当つていたのであるから、被控訴人の悪意はその代理人たる右両名の意思により決すべきものであるところ、大塚正士は訴外会社の株主でもあり、益井喜作も同様株主であるとともに訴外会社設立以来その監査役であり、同会社に出入し、同会社の解散についても前記松田との間に交渉があり、松田から営業面について説明を受けていたのであるから、右大塚、益田の両名は訴外会社の経理内容を知悉し、殊に訴外会社の利益の直接の原因である仕入値引、歩戻しは大塚正士が決定し、益井喜作が取引の直接の担当者として、これを実行したのであるから、右両名が訴外会社に利益の生ずること、従つて租税債務の発生することを知らぬ筈はなく、現に、本件第一〇期に先立つ第九期、第八期の各事業年度においても、仕入値引、歩戻しにより利益を生じており、第一〇期においては仕入額、従つて値引額が大巾に増加しているのであるから、右第八期、第九期の実績を知つている以上、第一〇期において利益の発生することを知らなかつたとは、到底考えられない。

三、仮に本件においても、詐害行為成立のためには通謀加害の意思を必要とすると解しても、前記の事実関係の下で、本来の義務に属しない代物弁済契約が締結されたのであるから、これに、被控訴人が訴外会社解散に際しその殆ど全財産を譲受け、その従業員を自身ないし訴外会社と姉妹会社の関係にある大塚化学薬品株式会社に吸収し、訴外会社の営業を承継するに至つたものであること等を考え併せると、松田実と大塚正士及び益井喜作の間に通謀加害の意思があつたことは明らかである(最高裁昭和三九年一月二三日判決、金融法務事情三七一号参照)と述べ、〈証拠省略〉

被控訴代理人において、

控訴人の右主張は否認する。訴外会社においては、昭和三五年七月三一日現在の第一〇期決算で、積極財産としての受取手形二、一一八、三〇八円、売掛金七、七八九、八七一円、棚卸商品一、四七四、六五一円等に対し、消極財産として買掛金一三、〇二四、六一四円等があつたのが、損失を累加し、被控訴人に対する買掛債務の支払が益々困難となり、被控訴人から商品の売渡を見合せる旨の通告を受けたので、解散することを内定し、手持ちの商品中、販売容易のもの少量を除いてその余を被控訴人に返品し、手持ちの受取手形を被控訴人に交付して、買掛債務の内入弁済とした結果、本件債権譲渡の日なる同年八月二四日には、棚卸商品〇、受取手形一五〇、〇〇〇円、売掛金八、六七四、三二四円、買掛金九、六七一、五八二円となり、若干営業継続の後、同年一〇月一〇日解散し、同日現在で、売掛金及び受取手形共に〇、被控訴人に対する買掛債務四九三、〇五一円となつた。即ち、被控訴人は、訴外会社に対する売掛金債権九、五〇二、九四九円に対し、什器値品と売掛代金債権(これが控訴人のいう「訴外会社の殆ど全財産」である)を譲受け且つその債権が完全に回収できるものとして計算しても(但し、現実には相当多額の回収不能がでた)、なお前記四九三、〇五一円の支払を受けることのできない債権を残したままとなつたものである。その上、訴外会社は被控訴人以外の者に対する債務は全額弁済した後、残余財産を以て被控訴人に対する債務の弁済に充てたのであつて、本件債権譲渡当時は被控訴人が唯一無二の債権者であつたことからみても、被控訴人に租税債権を害する意思のあろう筈がなく、控訴人引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。

と述べ、〈証拠省略〉

補助参加人代表者において、

一、控訴人主張の一の事実は否認する。その主張の試算表とは、毎月の買掛残高、売掛残高等を計上し、仕入、販売の伸び状況を見るのに参考となる程度のメモのようなもので、一見することによりその時現在の利益損失を知り得るようなものではないのみならず、その試算表そのものも一ケ月ないし一ケ月半位遅れて作成せられるのであり、また値引、歩戻しは毎月ではなくて決算期に至つて行われるもので、毎月の試算表では概ね欠損となつていた。従つて決算が黒字となるかどうかは、その期の値引、歩戻しを行つた上で、帳簿その他の諸資料を公認会計士高石二郎の手で集計整理して始めて確定するのであるから、試算表に眼を通していたからといつて、松田実が黒字決算となるのを知つていたとすることはできず、控訴人の主張は失当である。

二、同二の主張も否認する。控訴人主張の益井喜作は、大塚製薬工場大阪支店長として、(1) 大塚製薬の商品売上状況、(2) 販売商品代金の回収状況、(3) 売掛残代金の増減等を総体的に把握することを主たる任務としていた者であつて、訴外会社等個々の販売先の経理内容に介入していた者ではない。

ただどれほど値引、歩戻しをしても、なお訴外会社に対する売掛残債権が減少しない見透しであつたため、訴外会社に対する販売を中止したものに過ぎず、訴外会社はそのため解散するに至つたものである。もし、値引、歩戻しにより訴外会社の決算が黒字となり、為に租税債務が発生するということが予見されていたならば、益井は値引、歩戻し等に応じなかつた筈のもので、仮に訴外会社に租税債務詐害の意思があつたとしても、益井はこれを知る由もなかつたものである。

と述べ、 〈証拠省略〉

たほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものとするのであつて、その理由は、左のとおり附加、訂正するほか、原判決理由中本件当事者関係部分が説示するところと同一(但し、原判決一三枚目表五行目「償与」を「賞与」と、一四枚目表八行目「営理」を「管理」と各訂正であるから、右理由をここに引用する。〈証拠省略〉を以ても右認定を覆えすことはできない。

原判決一六枚目表二行目の「本件譲渡行為は」から、同一八枚目表三行目末尾までを次の通り改める。

控訴人は、本件譲渡行為に関する訴外会社の詐害の意思は、専ら、同会社の取締役で経営の実権を握つていた訴外松田実の意思に依り決すべく、同人につき詐害意思が認められるから、本件譲渡行為は詐害行為になる旨主張し、松田実が本件譲渡行為の当時、訴外会社の取締役として、同会社の実権を掌握していたこと、及び本件譲渡行為は松田実が右会社の解散に伴う財産処理方法として発意、決定したものであることは、当審における証人松田実の証言により認められるが、松田が本件譲渡の時点において、訴外会社の本件事業年度の収支決算が黒字即ち利益勘定となるために、これについて、従来同会社の経理上繰越されて来た損失勘定の累積(この同会社内の経理処理上の存在については、〈証拠省略〉の記載により明白、但し、それが税法上で斟酌される所謂繰越欠損金に該当するか否かの点は、ここでは論じない)にも拘らず、当然この分が収益として法人税としての租税債務(金額の確定の如何を問わず)を負担していることを認識していたとの点は、右証人松田実の証言によつても何等認められない。又同証人の証言によれば、本件事業年度の決算内容自体についても、本件譲渡当時は、未だ松田としては明確に把握しておらず、譲渡後略一ケ月を経た昭和三五年九月下旬になつて、漸く右年度の決算書類を公認会計士高石二郎方に持参して事後処理を依頼した始末であることが認められ、反証がないから、本件譲渡の時点において、税務関係は素人と認められる松田が、本件事業年度の課税利益の存在を当然認識していたであろうとの推測も、たやすく為し難いところであつて、控訴人主張のような昭和三四年事業年度の申告事情が当然に松田の念頭に在つて、もし利益を生ずるとした場合に、右申告状況から当然に本件事業年度の利益への課税を推理、認識させたと推則することも、その者が徴税担当者か会計士、税理士等、常にその道に明らかである者でもない限りは、些か無理な推測といわざるを得まい。のみならず、本件事業年度の収支が、計算上利益を生じたのは、主に、解散を見透した清算上の体裁を繕ろうために、被控訴人との間でいわゆるリベート即ち値引や歩戻の操作を行つたためであることが、当審証人大塚正士の証言で認められるから、右の処理がこの結果に対する課税を当然に予想した上での操作と認めることも困難で、従つて松田において、その結果を充分に認識していたとも認め難い。そして他に松田の本件租税債務への認識の存在について、これを認めるに足る確証がないから、訴外会社としては、本件譲渡が租税債権者としての控訴人を害する意思で、ないしはその事を知つて為したものであるという控訴人主張事実は認めるに由がない(本件譲渡後の会計処理や確定申告の内容について、訴外会社や公認会計士高石二郎が、どのような計算処理や考え方を採つたかということは、本件譲渡当時の当事者の意思ないし認識内容の如何とは、当然には関係がない)。

そうすると、控訴人の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないことが明白で、これを棄却した原判決は正当で控訴は理由がないから棄却を免れず、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条第八九条第九四条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宮川種一郎 竹内貞次 平田浩)

【参考】第一審判決

主文

一、原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

一、訴訟費用は原告らの負担とする。

第一、申立

(原告国)

「(1) 原告国と被告との間において訴外大塚薬品株式会社が昭和三五年八月二五日別紙一の債権目録記載の債権を被告に譲渡した行為は別紙三の滞納国税一覧表記載の金額の限度でこれを取消す。

(2)  被告は原告国に対し支払ずみに至る日現在の別紙二に記載する国税債権相当額の金員を支払え。

(3)  訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

(原告兵庫県)

「(1) 原告兵庫県と被告との間において訴外大塚薬品株式会社が昭和三五年八月二五日別紙一の債権目録記載の債権を被告に譲渡した行為は別紙四の県税債権目録記載の金額の限度でこれを取消す。

(2) 被告は原告兵庫県に対し別紙四の県税債権目録記載相当額の金員を支払え。

(3) 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

主文第一 二項同旨の判決

第二、主張

(原告らの主張)

一、原告らの債権

訴外大塚薬品株式会社(以下、訴外会社という)は、同社の自昭和三四年八月一日至同三五年七月三一日事業年度(以下本件事業年度というに)かかる法人税等を滞納しており、原告国は同訴外会社に対し昭和三七年八月三一日現在別紙三の滞納国税一覧表記載のとおり合計九九二、九四〇円の債権を有し、原告兵庫県は同じく昭和三八年一二月六日現在別紙五の滞納県税訴外会社には本件事業年度において損金に計上すべき前五年内の繰越欠損金は存在しなかつた。すなわち、前五年以内の繰越欠損金を各事業年度の所得の計算上損金に算入できるのは、青色申告書を提出した法人の各事業年度開始の日前五年以内に開始した欠損金の生じ事業年度において青色申告書を提出し、かつ、その後連続して青色申告書を提出している場合に限られるところ、訴外会社が青色申告書提出の承認申請書を提出した昭和三〇年一一月二〇日以後に開始した各事業年度における欠損金は自昭和三一年八月一日至同三二年七月三一日事業年度(以下昭和三二年事業年度という)の一六三、八五六円だけであり、右欠損金は全部自昭和三二年八月一日至同三三年七月三一日事業年度(以下、昭和三三年事業という)において損金に算入されているから、本件事業年度において計上さるべき前五年以内の繰越欠損金は存在しなかつたものである。

しかして、昭和三六年五月三一日当時の所轄署である淀川税務署長は訴外会社の本件事業年度における所得金額の調査を行つた結果、訴外会社の損金計上賞与中役員分一三二、二〇〇円、前五年以内の繰越欠損金二、二六九、九六五円つき計上誤謬を認めたのでこれを否認して更正決定をなし、原告兵庫県においても同年一一月二五日附で更正決定をなしその旨訴外会社に通知した。そして、右更正の結果によれば、訴外会社が原告らに対し納付すべき税額は原告ら主張のとおりとなる。

(被告および補助参加人の主張)

-被告-

不知

-補助参加人-

否認。

訴外会社には本件事業年度につき課税の対象となるべき所得はなく、原告らの主張する租税債権は存在しない。

訴外会社は本件事業年度において、被告に対する買掛債務につき被告から合計四、九〇四、九五一円の値引歩戻しをうけた結果、帳簿上二、二一二、七一八円の利益を計上したが、同事業年度開始の日前五年以内に開始した事業年度において生じた損金(以下、前五年以内の繰越欠損金という)が右所得金額を上廻るため、これを差引くと結局本件事業年度において課税の対象となるべき所得金額は零となり、原告らの主張する租税債権は存しないことになる。

(原告らの主張)

二、債権譲渡と詐害行為の成立

しかるところ、訴外会社は、昭和三五年八月二五日訴外会社が被告に対して負担する買掛債務九、五〇二、九四九円の支払に代えて、その所有にかかる動産および別紙一の債権目録記載の債権を含む売掛債権合計八、五〇九、〇七三円を被告に譲渡した。その結果、訴外会社には電話加入権一個を残して、他に財産がなくなり原告らの前記債権の徴収は不可能となつたが、訴外会社は、右譲渡により無資産となり原告らの租税の徴収が不能となることを知悉しながら、原告らを害する意思で故意にこれを行つたものである。したがつて前記譲渡行為は原告らを害する行為として取消さるべきものである。

(被告および補助参加人の主張)

二、

-被告-

被告が昭和三五年八月二五日訴外会社より原告ら主張のとおり売掛債権等を譲受けたことは認めるが、その余の事実は不知。右譲渡が詐害行為となるとの主張は争う。

-補助参加人-

原告ら主張の譲渡行為を行つたことは認めるが、原告らを害する意思でなしたとの点は否認する。

-被告-

(一)債権の未発生

原告らの主張する債権の存在しないこと前述のとおりであるから、右譲渡行為が原告らを害するものでないことは言うまでもないが、仮りに、原告らの債権が存在するとしても少くとも被告が前記債権の譲渡を受けた昭和三五年八月二五日当時は末だ発生していなかつたのであるから、本件譲渡行為を取消すことはできない。

そもそも債権者取消権を取得する債権は、取消さるべき行為の行われる以前に成立しているか、少くとも債権の発生が当然に債務者に予見せられているものでなければならない。

しかるところ、原告の主張する租税債権の税額が一応確定したのは昭和三六年五月三一日淀川税務署長が更正処分をなしたときであり、前記譲渡行為の行なわれた昭和三五年八月二五日当時は原告らにとつても債権の額はもとよりその存否すら不明であつた筈であり、訴外会社としては全く存在しないものと確信していたのである。したがつて、原告らは詐害行為取消権を行使しうべき債権者とはいい得ない。

(原告らの主張)

原告らの租税債権は、遅くとも本件事業年度の終了の日である昭和三五年七月三一日にはすでに成立していたものであり、ただその数額が法令に定める手続によつて確定されていなかつたにすぎない。法人税債権の成立時期が当該事業年度終了の時であることは国税通則法一五条二項三号に明定されており同法制定以前においても同様に解釈せられていたところである。

そもそも、租税債権の内容、範囲は法律によつて定められており、課税要件を充足すればへ当事者の何らの行為もまたずに当然、発生、成立するものであり、申告更正等はその具体的確定手続にすぎない。

しかして、租税債権にあつては、課税事業年度開始の時から、時々刻々課税の基礎となるべき事実が積み重ねられており、その時から既に債権発生の基礎が存し原告らとしても、納税義務者の財産保全について法律上の利益を有するものである。また同様の理由により、納税義務者である訴外会社としても事業年度経過後においては勿論、事業年度中においても所得金額、租税金額の概略は充分予測し得た筈である。

したがつて、租税債権者たる原告らが訴外会社に対する債権者として前記譲渡行為を取消し得べきことは明らかである。

(被告および補助参加人の主張)

(二)詐害意思の不存在

また、訴外会社としては前記繰越欠損金の計上は正当なものであり、その結果本件事業年度において課税の対象となる所得はなくなるものと信じていたのであるから、租税債務を負担しているなどとは全く予想しておらず、原告らを害することなぞ全く知らなかつたものである。

ことに、前記譲渡行為は、訴外会社の被告に対する債務の支払に代えてなされたものであり、訴外会社としては当然なすべき債務の弁済にすぎず、このような行為は、特に他の債権者を害する意思で通謀して行なわれたものでない限り詐害行為とならないとするのが判例の一貫した態度である。そして、訴外会社が被告と右の如き通謀した事実は無いのであるから、前記譲渡行為が詐害行為とならないことは明らかである。

(原告らの主張)

訴外会社の本件事業年度における前五年以内の繰越欠損金の算入が誤謬であることは前述のとおりであり、訴外会社としても昭和三三年事業年度において繰越欠損金を計上した結果それ以後に繰越欠損金のなくなつたことは充分承知していたものである。このことは翌事業年度である昭和三四年事業年度(自昭和三三年八月一日至同三四年七月三一日)において何ら繰越欠損金の計上を行つていないことからも明らかである。しかるにその後の事業年度たる本件事業年度において前五年以内の繰越欠損金として二、二六九、九六五円を算入していることは、訴外会社においてことさら不当な損金計上を行つて課税対象となる所得を隠蔽せんとしたものにほかならず、かかる隠蔽行為自体、訴外会社が正当な所得金額および租税金額を知つていたことを示し、前記譲渡行為につき訴外会社に詐害の意思のあつたことを推認せしめるものである。しかも、前記譲渡の直後、訴外会社かその本店を移動させていることは、原告らの調査を遅らせ税金の支払いを免れようとしたものとしか考えられず、これまた訴外会社の詐害の意思を裏書するものである。

(被告および補助参加人の主張)

三、被告の善意

訴外会社が原告ら主張の債権は存在しないものと信じていたことは既述のとおりでありいかなる意味においても詐害の意思を有しなかつたのであるから、被告と通謀するいわれはなく、被告は全く善意である。債務者が債権者に弁済しようとする場合債権者はこれを拒否すべき理由はなく、本来の正当なる債権の弁済を受けることに何の不思議もない。況んや、本件においては、訴外会社には被告の他に一人の債権者もなく勿論法人税債務等の存在など夢想だもしなかつたのであるから、前記譲渡行為を詐害行為というのは甚だ失当である。

もし、被告が原告ら主張の債権の存在を知つていれば、ことさら同訴外会社の売上を経費のつり合いをとらせるために値引や歩戻しをしたりはしない。値引、歩戻しをしなければ訴外会社の本件事業年度の決算は赤字となり、原告ら主張の租税債権は発生しなかつた筈だからである。素人である被告にとつては税法の複雑な解釈を経て決定される租税債権の存在など全く予見し得なかつたし、かねてから全国高額所得者の上位にあつて常に誠実に納税義務を果してきた被告としては、原告らの租税債権の徴収を不能ならしめることを知りながらことさら前記債権の譲渡を受けるようなことはしない。

(原告らの主張)

被告の善意は否認する。

訴外会社は被告が製造するオロナイン軟こうその他の医薬品を神戸地区において販売することを主要目的として設立されたものであり、被告の一販売部門の立場にあつた。

そして、訴外会社の代表取締役は被告の次女であり、同取締役大塚静子は被告の長男の妻であつて訴外会社の資本金一〇〇万円のうち被告の親族が所有する株式金額は四八万円に達する。したがつて、被告は訴外会社の経理内容を常に熟知していたものであり、本件税金の課されることを知るや訴外会社の殆んど全財産を被告に譲渡せしめたものであり、被告の悪意は明らかである。

また、被告の訴外会社に対する値引や歩戻しは本件事業年度に限らず、毎年行われているのであり、いわば製薬業界の慣行ともいうべきものであるから、被告が原告らを害することを知らなかつたことの理由にはならない。むしろ、ことさら訴外会社の売上と経費のつり合をとらせるため値引や歩戻しを行つたことが端的に表わしているように被告と訴外会社は一身同体であるといつて過言でなく、訴外会社の清算人である訴外高石二郎は被告の顧問税理士でもあるから被告の悪意は明らかである。

(被告および補助参加人の主張)

四、消滅時効

仮りに、原告らがその主張の如く取消権を有していたとしても、原告らが本訴を提起した時には、すでに、前記譲渡日の(昭和三五年八月二五日)又は訴外会社解散の日(昭和三五年一〇月一〇日)より二年以上を経過しており、原告らの取消権は時効により消滅している、よつて、これを援用する。

(原告らの主張)

争う。

詐害行為取消権が時効により消滅するのは債権者が取消の原因を覚知した時から二年を経過したとき、または、行為の時から二〇年を経過したときのいずれか早い方であるところ、原告らが前記譲渡の事実を知つたのは、昭和三六年一一月一一日所轄の淀川税務署長が訴外会社の清算人高石二郎から訴外会社の経理概況を聴取した時である。したがつていまだ消滅時効は完成していない。

(被告および補助参加人の主張)

もし、原告らの主張する如く当該事業年度の終りに客観的に租税債権が成立しているものとすれば、後日の調査をまつまでもなく、当該事業年度の終りから消滅時効が進行するものと解すべきである。そうでなければ、原告らは何年後においても更正処分をなすことにより、債務者である訴外会社の行為をいつでも取消すことが出来ることとなり債務者と取引をなす者の安全を害すること甚しい結果を生じ不当である、仮りに、原告らの主張する時から時効が進行するというのであれば、事業年度の終りにはいまだ租税債権は成立していなかつたとみなければ不合理である。

(原告らの主張)

五、結論

そこで、原告国は国税通則法四二条に基き、原告兵庫県は地方税法二〇条の七の規定に基き、前記譲渡行為のうち、請求の趣旨記載の譲渡行為の取消を求めるとともに、右債権は被告においてすでに回収済みであるので譲渡財産の返還に代え、原告国は別紙二に記載する国税債権相当額の原告兵庫県は別紙四の県税債権相当額の金員の支払いを求める。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、租税債権の存在

〈証拠省略〉によれば、

(1) 訴外会社は、昭和三五年一〇月一日、同社の昭和三五年事業年度の所得金額法人税額の確定申告において、所得金額二、二六九六五円、前五年以内の繰越欠損金二、二六九、九六五円、差引課税対象所得金額零との申告を行つたこと、

(2) これに対し、所轄淀川税務署長は、昭和三六年五月三一日、訴外会社の損金計上償与中役員分一三二、二〇〇円および前五年以内の繰越欠損金二、二六九、九六五円を否認して所得金額を二、四〇二、一〇〇円、法人税額を八一二、七九〇円過少申告加算税を四〇、六〇〇円とする更正決定をなし、同日訴外会社に通知したこと、

(3) 原告兵庫県においても、同じく訴外会社の同事業年度の確定申告に対し、昭和三六年一一月二五日付で所得金額を二、四〇二、一〇〇円、法人県民税四三、八八〇円、法人事業税二二三、二五〇円を本税額とする旨の更正決定をなし、即日これを訴外会社に通知したこと、

(4) その後、原告国において訴外会社の電話加入債権を公売に付して前記租税債権の一部を徴収したが、原告国は昭和三七年八月三一日現在別紙三の滞納国税一覧表記載の債権を有し、原告兵庫県は昭和三八年一二月六日現在別紙五の滞納県税一覧表記載の債権を有していること以上の事実が認められる。

二、訴外会社の債権譲渡

訴外会社が昭和三五年八月二五日被告に対する買掛債務九、五〇二、九四九円の支払に代えてその所有にかかる動産および別紙一の債権目録記載の債権を含む売掛債権合計八、五〇九、〇七三円を譲渡したことは当事者間に争いがなく〈証拠省略〉によれば、右譲渡行為がなされるに至つた経緯に関し次の事実が認められる。

(1) 訴外会社は、昭和二五年一二月被告の製造する薬品を専ら神戸地区に於て販売することを主要目的として設立されたものであり、殆んど被告から仕入れた医薬品のみを販売していたが営理経費の割合に売上が伸展せず赤字決算となることも稀れでなく、黒字となる場合でも被告からの値引、歩戻しを得てようやく利益を生ずるという状態であつたこと、

(2) そこで、昭和三五年一、二月ごろから訴外会社の内部においても解散の話が持ち上つていたが、その後、被告に対する買掛債務も一〇、〇〇〇、〇〇〇円をこえ、そのまま営業を続けても従来の欠損を補填できる見透しもたたなかつたため、同年七月ごろからむしろ被告から問屋、病院等へ直接販売する方が得策との判断の下に解散の意向を固め、同年一〇月一〇日株主総会で解散の決議をなし同月二六日付でその登記を了したこと、

(3) そして、解散に伴う債権債務の処理として訴外会社は取引上殆んど唯一の債権者であつた被告に対し、その買掛債務九、五〇二、九四九円の支払に代えて本件譲渡債権を含む合計八、五〇九、〇七三円の売掛債権および一五、六〇〇円相当の什器類を譲渡したこと、

(4) その結果、訴外会社の資産としては、残るところ電話加入権一個と現金一二、一一三円以外には見るべきものはなくなり、原告らに対する租税債務を支払う資産はなくなつたこと、

以上の事実が認められる。

三、詐害行為の成否

(一)ところで、原告らは前記譲渡行為をもつて、債権者たる原告らを害する詐害行為であると主張するところ、被告は、原告らの主張のする租税債権が存在するとしても、該債権は右譲渡行為のあつた昭和三五年八月二五日当時は未だ成立していなかつたのであるから原告らは債権者として前記譲渡行為の取消を主張し得ない旨抗争するので、まずこの点につき判断するに、原告らに対する訴外会社の租税債務はいずれも昭和三四年八月一日から昭和三五年七月三一日までの前記譲渡行為以前の事業年度に関するものであつて、その種類、内容も法律によつて定められているものであるから、法律上は右事業年度の経過と同時に具体的債務として成立しているものと解するのが相当であり、正確な所得金額の計算がなされる限り納税者たる訴外会社においてもその内容数額を了知し得た筈である。

したがつて、後日前示の如く更正決定がなされるに至つたにしても、その故に右更正決定の時まで租税債務が成立していなかつたとはいえず、この点に関する被告の主張は採り得ない。少くとも、当該事業年度の経過ととも当然発生すると解される本税債権の範囲内においては、原告らはいずれも本件譲渡行為のおこなわれる以前に成立している債権の権利者として、右譲渡行為につき詐害行為の取消を主張する資格を有するものと解するのが相当である。

(二)そこで、進んで、債務者たる訴外会社の詐害の意思の有無につき検討するに、本件譲渡行為は訴外会社が被告に対して負担していた債務の支払いに代えてなされたものであり、これにより少くも譲渡目的物件たる什器の評価額および売掛債権額合計八、五二四、六七三円相当の債務が消滅したのであるから、このような場合には、たとえ、右譲渡により債務者たる訴外会社が無資力となつたとしても、それが、殊更、他の債権者に対する弁済を回避する等の不当な目的で、債務者と譲渡をうける債権者の通謀によつて行われたようなものでなければ、詐害行為とならないものと解するのが相当である。

しかるところ、〈証拠省略〉によれば、訴外会社は、本件事業年度の前年である昭和三四年事業年度(自昭和三三年八月一日至同三四年七月三一日)の法人税確定申告において翌期に繰越されるべき前五年以内の繰越欠損金は存しない旨の申告をしており、この事実に照らせば訴外会社としては、税務会計上、本事業年度において所得から控除すべき前五年以内の繰越欠損金は存しないこと、右損金を計上しなければ課税対象となる所得を生じ、原告らに対する租税債務を負担するに至ることを知つていたものと推認するのが相当である。

そして、〈証拠省略〉によれば訴外会社の代表取締役であつた訴外大塚敏美は被告の次女であり、訴外会社は前示の如く被告の製造する医薬品を販売することを主目的として設立されたもので営業上被告と密接な関係があつたことが認められるが、他面、同訴外会社は前示の如く採算がとれず解散したものであり、積極的に営業利益があがりその営業状態からみて当然に租税債務の発生が予測されるような状況でなかつたことを考慮すれば、訴外会社と被告との間に前記の如き密接な関係があつたとしてもそのことから直ちに被告において訴外会社の原告らに対する租税債務の存在を知つていたものとは推認し難く、また、被告が訴外会社から前示の売掛債権等を譲受けたことは、当時被告が訴外会社に対する取引上の殆んど唯一最大の債権者であつたことを考慮すれば、訴外会社の解散時の処理としてむしろ当然の処置であつたとも考えられ、これを要するに前記譲渡行為につき被告と訴外会社との間に前段説示の如き通謀詐害の意思があつたとは到底断じ難く、仮りに、前記譲渡行為につき右の如き通謀詐害の意思を要せず、単に債務者に害意があれば詐害行為となると解するにしても、前段認定の事実並びに証人高石二郎の供述により認めうる被告が全国届指の高額所得者として所得の八割を誠実に納税していた多額納税者である事実に照らせば被告は善意であつたと認めるのが相当である。

四、結論

以上の認定によれば、前記譲渡行為を詐害行為として取消を求める原告らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀井左取 今技孟 上野茂)

別紙一、債権目録

訴外大塚薬品株式会社が昭和三五年八月二五日現在神戸市兵庫区水木通一丁目株式会社湊川薬局に対して有する売掛債権支払請求権

一金、一、八八八、七四九円

別紙二、国税債権目録

自昭和三四年八月一日 事業年度にかかる更正分

至昭和三五年七月三一日

昭和三六年度法人税 納期限昭和三六年六月三〇日

本税額 一金、七五五、九四〇円

過少申告加算税額 一金、四〇、六〇〇円

利子税額一金、二一三、七〇〇円

法人税法(昭和二二年三月三一日法律第二八号)第二条および国税通則法(昭和三七年四月二日第六六号)附則第七参照。

延滞加算税一金、 四〇、六〇〇円

国税徴収法(昭和三四年四月二〇日法律第一四七号)第四六条および国税通則法附則第七条参照。

延滞税 国税通則法第六〇条および同法附則第六条による金額。

別紙三、滞納国税一覧表〈省略〉

別紙四、五〈省略〉

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